伊豆旅行

お正月休み、伊豆に旅行に行ってきました。

伊豆は子供の頃、家族でよく旅行に行っていたようですが
20歳をすぎてから全く行かなくなってしまいました。

それでも宇佐美や伊東、下田などは子供の頃に行った記憶がなんとなく残っています。

今回は修善寺を中心に伊豆の中央部を電車で旅行しました。

特急「伊豆の踊り子号」です。
JR三島駅から伊豆箱根鉄道に乗り入れて修善寺駅に向かう特急です。

修善寺は伊豆中央の山間部にある閑静な温泉街です。
日本的な温泉宿がたくさんあります。
温泉街のなかに修善寺川が流れています。



中央の建物は独鈷の湯と言われている、この温泉街のスポット的温泉です。
伊豆でもっとも古い温泉と言われています。

修善寺温泉街は観光地としても見所があります。

これは竹林の小径。こういったスポットや史跡もあり、温泉街を散策するのが楽しいです。

これは地名の由来となった修禅寺。「ぜん」の字の漢字が違うので気をつけましょう(笑)

修禅寺から南に向かうと小説「伊豆の踊子」で有名になった天城峠があります。

旧天城トンネルです。
明治にこのトンネルが開通するまで、伊豆南部に向かう人々は
険しい天城山を上って「天城越え」したそうです。
この旧トンネル、新天城トンネルを東部に登ったところにあります。
徒歩10分程度なのですが、意外に山道が険しくて登るのが大変でした。


これは天城峠の北側にある浄蓮の滝ですね。
石川さゆりさんの「天城越え」の歌詞にも出てきます。
滝の近くには歌詞の石碑がありました。


天城峠をバスで南下すると桜で有名な河津町になります。

ここは河津七滝(ななだる)と呼ばれる七つの滝があります。

河津川の山あい1.5kmの距離の間に7つの滝があり、
川に沿って遊歩道で歩くことができます。
上の写真は2番目に大きい釜滝(かまだる)です。

注:その上の浄蓮の滝は七滝とは全く関係ありません。

遊歩道と言いますが、川を上っていくと遊歩道から山道に変わっていきます。
途中、吊り橋もありました。
しかし、そこを上り詰めた木々の隙間から唐突に姿をあらわす22mの釜滝は
絶景で疲れを吹き飛ばすほど素晴らしかったです。

修善寺温泉は泉質もよかったです。おかげさまでゆっくりすることができました。

読んだことはありませんが、小説「伊豆の踊子」も読んでみたいと思った旅行でした。

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自家焙煎珈琲 晩秋
店主 堀江 幸一
HP:http://www.bansyu-coffee.net

沖縄−新婚旅行レポ

おかげさまでこの1ヶ月、多くのお客様に結婚に対するお祝いの言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。

新婚旅行は沖縄に行ってきました。ブログでどこまで”沖縄”が伝わるか
わかりませんが、 レポートしたいと思います。
 
2/25(月)から28(木)の4日間で行ってきました。
沖縄に行くのははじめてです。
24(日)閉店直後から、羽田近くのホテルに前泊したのですが
羽田の夜は手がかじかむほど寒かったです。

それから14時間後・・・・

私は南国にいました(笑)
これは沖縄モノレールの那覇空港駅から撮った写真です。

沖縄は戦前、軽便鉄道があったのですが、沖縄戦ですべてなくなってしまいました。
戦後は鉄道がなく、ないことが当たり前の状態が続いていたのですが、
晴れて2003年に開業しました。
那覇市内を、那覇空港から首里城までの約13km走ります。

終戦から65年、沖縄返還から40年、開発されつくした那覇の市内のなかを鉄道を通すのは
すごく大変だったようです。 沖縄モノレールウィキペディア


モノレールを降りて、国際通りです。那覇市内最大の繁華街です。
25日(月)は那覇市内の散策で一日が終わりました。

これは泊まったホテルから26日(火)の早朝に撮った写真ですね。
那覇北部にある宜野湾市のホテルに滞在しました。
海は東シナ海です。陽がのぼっていくと海の色がどんどん変わっていきます。
本当に美しかったです。

この日は沖縄南部を観光しました。
沖縄南部は沖縄戦跡国定公園に指定されています・・・・。

これはひめゆりの塔です。
「塔」と名前はついていますが、石碑の右手にある小さな慰霊塔のことです。
石碑の前にはひめゆり学徒隊が兵士の看護にあたり、そして・・・
その多くが命を失った壕があります。

太平洋戦争末期の沖縄戦は、日本史で誰もが勉強していると思いますが、
日本の国土でおこなわれた地上戦でした。
アメリカ軍にとって沖縄は本土を空襲するための拠点として何がなんでも確保が必要な場所でした。
日本軍にとっても沖縄は本土直接空襲を遅らせるために、何がなんでも守るべき場所でした。

両者の思惑が交錯し、沖縄戦は本当に激しい戦いだったそうです。
米軍の攻撃は「鉄の暴風」と形容されるほど激しく、地形を変えるほどだったそうです。

日本は軍民一体となって、消耗戦にのぞみました。
そのため、数え切れないほどの一般の民間人が犠牲になりました。

このひめゆりの塔は、亡くなった学徒たちの供養のため、戦後立てられました。
 ひめゆりの塔ウィキペディア

場所を変えて沖縄平和祈念公園です。
この写真の後ろにあるのは海です。
沖縄戦の際は、米軍の艦隊で埋め尽くされていて海が真っ黒に見えたそうです。

画像正面に黒い石碑が数多く建っているのが見えるでしょうか?
この石碑には沖縄戦で亡くなった人が刻まれています。1枚の石碑に数十人もの名前が刻まれて
います。そんな石碑が数十、いや数百枚もあるのです。

沖縄にはいまだ米軍基地があり、時には都市部から戦時中の不発弾が発見されることもあります。
地元の新聞を読むと沖縄戦や米軍基地のことが頻繁に記事として書かれています。
沖縄にとって戦争は終わった話ではないのです。
平和について深く考えさせられました。 沖縄戦ウィキペディア

重い話をしてすみません。
おきなわワールド 文化王国・玉泉洞に咲いていたハイビスカスの花で気分を変えましょう。

27日(水)は名護など沖縄中部を観光しました。

沖縄美ら海水族館の巨大水槽です。
ジンベイザメやマンタ大きかったです〜。

これは世界遺産の今帰仁城(なきじんじょう)です。
首里城などと同じく琉球王朝時代の城跡です。
ちなみに沖縄では城のことをグスクと言います。
だから(なきじんグスク)でも正解です。

城壁だけですが、ワタクシこう見えて何気に城好きなんです!

そうそう桜が咲いていました。沖縄では2月末になるとほとんど桜は終わりの時期です。

一番高いところに上りました。
海が見えますね。陸寄りの部分がエメラルド色で色が明るいのがお分かりになりますか?
サンゴ礁なんです。
この景色は本当に絶景でした。

今回の旅行では首里城と今帰仁城しか回りませんでしたが、世界遺産に登録されている琉球王国のグスク及び関連遺産群は他にもたくさんあるようです。
次、沖縄に行くときに制覇したいですね。

日本であって日本らしくない場所、沖縄。いろいろ考えさせられる場所でしたが
行ってよかったと思います。

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